先輩

ある晩、同年で20年来の友人のH君に、秘密にしていたミネラルウォーター専門商社の案を初めて漏らした。

どこかのバー。多分バーンスタインとかいう人の本を片手に、金融の世界のリスクやらリターンやらの話をしていた時、突然トピックが変わり、一緒にやらないかと誘った。二人とも少し入っていて、「いいねえ」と盛り上がった。でも人生で決して小さくない話、湧き出たアイデアだけで調査もこれからっていうところ、素人がゼロからやるのは滅茶苦茶リスキーである。上場株式投資も相応のリスクがあるけれど、そこらの紙くずを勝手に株券と呼び、その値段を上げようという支離滅裂な話、当時独り者だったとはいえ、彼を引き込むことを若干躊躇した。だからしつこく聞いた。「本当にやるのか?」「やる」。「いいのか?」「いい」。「酔ってるか?」「うん」。

その林君と僕は共同発起人として会社を創り、彼は僕の相棒として、水広場サイトを運営している。

僕も決して話し上手ではないけれど、相棒の口下手さは異次元の世界だ。誠実な部分が相手に伝わらない。横で見ていてもどかしい。頭の中で、何か鋭い感覚的なものがあらゆる論理を強烈に押しのけている、きっとそうだ。

そんな彼にはHTML言語を楽々こなす才能があり、アーティスティックな能力に長け、実務面ではある有名ネット広告ベンチャーの創業期を支えた実績も持つ。そのベンチャーは大成、彼は創業時からのメンバーであり、普通なら株式の割当などで結構なお金持ちになっていても不思議でないが、彼は株などに固執せずに最後まで被雇用者として、そう高くもなかろう給与に徹したらしい。見ていて結構じれったいのである。

事業家としてのタイプは僕と反対、彼はまず今ある事案を処理し、僕は構造作りを強調する。だから起業当初は口論の毎日、大体は僕が仕掛けるパターン、当時はかなり神経質で、彼の誤字脱字などにも過敏に反応した。アルバイトの方も困惑したはずで、少し反省している。

相棒に対する見方が変わったのは、新規取引先から聞いた、弊社を選んだ理由。「林さんのお人柄で」。そう、独特なグラマーから発射されるフラグメントな彼の言葉で、お客様の厚い信頼を引き寄せている。そういえば、いらいらから発せられた僕の理不尽ともいえる攻撃も、彼はいつも新品のスポンジのようにすっと吸収してしまう。そんなところに僕は救われているのかもしれない。

彼は僕のギターの師匠でもある。以前、彼が言っていることか理解できず、弾いてもらったら分かったことがあった。今でもそんなところは変わっていない。多分。

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