最も深刻な分断

分断が進行中です。

国家間の分断、人種間の分断、民族間の分断等々、これまでそこそこの強度でもってお互いをつないでいたものが徐々に分離し、いまにもプチンとちぎれるのでは。

全ての個人が本来持つ公人の側面は完全に影となり、個の権利のみが声高に増幅され、SNSでグループ化された各個人に他者への敵対心が生まれています。

分断のうち人類にとって最も深刻なのが男女間の分断だと思います。最も身近かつ普遍的であるから。

男女間でいえば、今世界中でセクハラが騒がれるようになり、便乗の増殖が始まっています。

便乗の一例がUS OPEN女子決勝。

試合劣勢で不満が募り根拠ある判定に対し、その試合と何ら関連のない女性差別カードを使い自らを正当化し審判を侮辱した元王者の行為は幼稚でエゴの塊以外の何物でもありませんが、大会主催者や高級紙といわれるNYT,W-Post記者たちから正義の主役扱いされ(女性差別)被害者のように擁護されているという異常な実態。

他方、セリーナ・ウィリアムズを批判したアメリカ人も多かったことにも注目。W-postのコメント欄には人生最高の舞台をセリーナに乗っ取られた大坂なおみ選手を気遣い称える読者の声が多く見られ、同じことを意見欄で主張するジャーナリストの記事も皮肉にも高級紙?以外に見うけられました。

多勢に極めて脆弱な日本人、日本で同じことが起こっていたら、正直な疑問や思いに反し審判叩きに加わる者の比率が相当高くなると思われます。でも日本人の民意水準はここでは別の話。

話を戻し、セクハラ騒動とその便乗が広がると普通の男は怖くて気になる女性ができても近づけません。

勇気を振り絞ってやっと好きだと一言伝えただけでも、その相手からキモイやらセクハラだのと言われた挙句、SNSで変態的人物として拡散されるかもしれない。。。

玉砕しても昔なら失意だけで済んだものの、今は社会までが敵視するという大きなリスクが付き合う相手を求める全ての男の前に鎮座するわけです。

カトリーヌ・ドヌーブにとってそのリスクは理不尽で許容できないものでしたが、結局彼女もトーンダウンしたと聞きました。

そうして男女間の距離が広がり、マルサス人口論の2番目の前提条件が粉末化し、衆愚社会を中心に誕生人口が減っていく。

me tooに便乗する学者、活動家、有名人、政治家などの誰一人も性愛や情欲といったもの(私にはこれらの違いを正確に理解できませんが・・)と無縁でこの世に存在していないという自然原則に、いつ立ち返るのでしょう。

「私の権利」の主張がいきつく先には分断された殺伐とした風景しか私には見えません。

田舎のおばあちゃんがme tooとか言い出した時、それが日本の終わりに見えます。

イスラム社会で男女間の分断が始まる時、それが世界の終わりの始りに見えます。

更に、男女の分断が今見える分断だとしたら、日本でこれから心配な分断が世代間の分断です。

ツケをまわされた生産労働層とツケをまわした年金受給者層との分断。手を打たなければその深刻さは今後増していくばかり。

年金支給年齢を高くし、健常高齢者の病院通いを制限しても抜本解決にはならず、そのため以前書いたように、年金給付はクーポンのような有効期限付きの年金マネーにして現役世代に報いる、確実に消費を喚起するこの手がベストです。

ところで、前段を書いている途中で思い出したことがあります。

前職の投資銀行時代にピーター・タスカという当時人気アナリストの同僚を連れて東京三菱銀行の経営陣と意見交換したことです。

国際経済や日本企業の話が進み、先方のお偉いさんから「日本のビジネスマンや経営者が目指すべきものは何でしょうか?」と水を向けられたピーター、即答しました。

「最高の女性を見つけることです。」

隣に座っていた当時30前半の若輩は面食らうことしかできませんでした。

日本人に対する英国人的な比喩なのか、あるいは信条なのか(でもあのベルギー人の奥さんが最高ということ?あるいは・・・?)

いずれにせよ、その後は自分もいつかそのくらいエスプリの利いたセリフをどこかのお偉いさんに向かって言ってみたいと思いつつ・・・言えずに50を過ぎました。

エスプリというよりせいぜいペーソスが自分の現実ですが、少なくとも分断より寛容でいきたいものです。

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